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夢・夢・夢

今、中国にいるいしづさんが中国報告を友人に送ってきます 
それを見て、「本の出版」について、いろいろと思い出しました 

年をとると、自分がしてきたこと、自分の思い、また、自分史など
形にして残したい、というのがあるのかな、と 

私にも夢はたくさんあります。したいこと、と言った方が 
その中の一つに、「本作り」が 
私の場合は、「本」といっても、コピー機で印刷し、とじるだけですが 

経験してきたこと、学習してきたことのまとめ的なものを「日中両語対照本」
という形で出版したい、いしづさん 

私は、議員を11年9ヶ月やってきて、この悪政の原因が、財界・アメリカ
言いなり政治にあることを実感してきました。
これを、高齢者にもわかりやすく説明したい、その文書を作りたい、
というのが、一つの夢です。仕事かな、とも思います 
そして、もう一つは、このインターネット時代に、それら最新機器が
こどもの発達に、ヒトとしての発達に大変な悪影響を及ぼす、ということを
若い人たちにわかりやすく、絵つきで文を、と考えています 

したいことは、山ほどあります。
畑も作りたい。
竹細工・焼き物など趣味的なものもたくさん 

先日、母親大会の分科会で「うたごえ」に。
そのあと、急に、あつかましく、オープニングの舞台に 
まりさんの指揮でみんなと歌う、指揮者をみつめる、最後は、会場の人たち
と、笑顔で歌う。あの緊張感というのかワクワク感というのか、久しぶりに
味わいました。
この時、ただ歌うだけでなく、歌でみんなに伝えたい、という思いがあった
のを発見しました 
10年以上、歌うことから離れていたからこそ、わかったことでした 

と、いうことで、とりあえずは、いしづさんの夢を紹介  


<色々な夢のひとつ>

    いしづさん


 中国で『日中両語対照本』を出版できたらどんなにいいか。そんな夢を抱くようになって久しい。単なる印刷は二度経験した。ハルビンと蘇州でだ。これは印刷所に持ち込めば済む。出版となるとそうはいかない。助けてやると手を挙げかけた人達に期待するだけだ。

 本文も翻訳も面白くなくては出版が不可なのは当然。教え子たちは一所懸命翻訳の努力をしている。更に決定的なのは、審査の合格。私にはどの程度が許容範囲なのか分らない。もう一つの問題は必要経費の額が人により異なること。より具体化し考える必要がある。

 『本』の出版は、年寄りの自己満足だが、望むべくは、翻訳編集等に関った若い人達のその後に何ほどかのいい影響をもたらすこと。私は若い時分、何人かの大人のお陰で得難い体験が出来、それを自分の財産にしたことで、これまで挑戦し続け得た気がするからだ

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HITOMI119  議員バッジ

新人さんが「ほらこれが議員バッジよ」と、会議の席上でみんなに。
見るもの聞くものすべて目新しく生きいきと語る

「ひとみさんは見せてくれんやったね~」と突然声が。
言われて昔を思い出す

補欠選挙落選後1年半、毎回議会傍聴に。
予算書も決算書も無く、頭の上を虚しく数字が飛び交っていたあの日々。

晴れていっせい地方選で町議に。
その当選覚めやらぬ時に一通の訃報が。
親子揃って翌日は葬儀へ。

レンタルの事務所は友人が留守を引き受け、業者に。
その時、事務所から我が家のプレハブ小屋に移動させられた荷物は今もそのまま。
厳密にいうと少し動かしたなあ。ダンボールをそのままにしていたのでシロアリが。
シロアリ退治に巣になっていたものは運び出し、捨てた。
焼却できるものは火鉢の中で焼いた。
灰も入れずに焼いたせいか、おっきな火鉢が割れてしまった。
  惜しい  火鉢が
プレハブは、戸を開けると今もシロアリの羽が舞う。

初当選・初議会・当選証書

当選証書は選対責任者が受け取りに行った。
選挙管理委員会の委員長は、本家のおいちゃんだった。
葬儀からの帰りにご近所のおばちゃんたちに出会ってしまった。
松尾家が総出で葬儀に出かけたことがご近所中に広まってしまった。

初議会の日、選管の委員長が議場の入り口に。
当選証書を受け取りに行かれなかったおわびなどを話していると
ついつい列から離されてしまった。

議会に女性が7人、ということで新聞記者が議場でカメラを
廊下で立ち話をしていた私はもちろん写りそこねた

バッジを付け忘れる

このときか別の日か、バッジをつけ忘れたことが。
この話を小沢和秋さんに話したら、「国会はバッジがないと入れてもらえませんよ」と。
それ以来、バッジは個人で一個買い、ロッカーに入れ、家で付け忘れた時も
必ず付けるようにした。
辞める1年ぐらい前からは、このシーズンは、この上着で、とバッジは付けっ放し

バッジとは関係ないけれど

新人さんの当選証書も見せてもらった。これは、去年の内に、ね
私の当選証書、今手元にあるのは1枚。
探せばどこかにあるのだろうが、探す気にもなれない。
証書なんてものは、貰っても貰わなくても違う人が議場に入るわけじゃなし。
つき返したい気分はあっても、人に見せたい、という気分にはならなかった。

この証書が固い立派なカバーに。横の紙もいっしょになおしていました。


なるはずないよね~

最初の時は葬儀。
2回目は、ドングリの背比べで、同数がずらり、と。
しかも2時間動きが無く、母はこれで具合が悪くなった。
3回目の選挙は、告示3日前に家の2階から転落し右足骨折。
選挙終わって翌々日入院。確かこの日に当選証書が。

あまりの立派さに、貰った時は、怒りさえ覚えた。
お役所とはこういうのを大事にするのか、と
捨てるわけにもいかずパソコンの横で、IDやパスワードの記入用紙のベッドになっている。

議員バッジ、どうするか
しばらくは、私の小学校からの机の引き出しでコロコロと動くに違いない

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そのうち1冊にできたらいいなあ11年9ヶ月の思い出など

11年9ヶ月は経ってしまえば、あっという間だったようにも
これから先、ますます日本共産党のがんばりが必要な時です。
自公政治の中で社会保障がどれだけ改悪されたか
大企業や大資産家はどれだけ優遇されたか
これからは福津の松尾地域だけでなく、津屋崎にも、そしてより遠くへも自由に出かけられます

新居では、11年9ヶ月の思い出や言いたいことなど少しずつ書いていきたい、と。
そして、最後には姪のカットなども入れ、「HITOMI119」として私だけの1冊の本ができれば、と
夢を持っています。

同級生のみなさん 同窓生のみなさん 全国のみなさん
原稿を時々送りますよ~しんぶん赤旗の見本紙といっしょに
待っててくださいね~

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プロフィール

松尾ひとみ

Author:松尾ひとみ
 旧福間町、福津市の議員を3期(11年9ヶ月)務めた日本共産党松尾ひとみです。引退しても言いたいことは、まだまだあります。
 前ブログ(ひとみちゃんにも ちょっと言わせて)に引き続き、よろしくお付き合いください。

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