原発ゼロ」の日本へ


東日本大震災 救援・復興に全力を!


家に、ひとみちゃん専用のパソコンがほしい理由、その2。

携帯だと親指が痛い。というより、痛くなってしまった、と私は・・・
で、パソコンがほしいのだけれど、理由は、もう一つ。

携帯は、らくらくホン

寅ちゃんが、「2機買ったら安くなるって。いっしょに機種変更しよ」と。
私は、どうでもいいけれど、らくらくホンに。
それから何年も、現在も。
ところが、字が大きいのはいいけれど、長文はちょっと・・・・

横、8文字。4行。
長文打った時は、何度も何度も見直さないと自分にすら意味が・・・・
で、パソコンがほしい~~~と。
めったにブログを書かなかったけれど、母・父両方いないと長文打つ時間が。
私の文章、くどいのよ。思ったことだけ支離滅裂に言うもんやきね。

新婦人しんぶん配達終えてそのまま実家へ。で、ポチポチ 
今日は、このまま、整骨院合わせて三つの病院へ。
休み明けで多いいやろね~と思うばって、薬がね~
どうせならいつもの先生に、というわけよ。

寅ちゃん、この間何度か買い換え。
最初いっしょにらくらくホンだったのに、次の機種変更で違うのに。
字はちっこいし、私なら買わんばい。
ばって寅ちゃん見栄はって(たぶん)かっこいいのに。
売り子さんが、ご近所の4女の同級生 

誕生日、おめでとう!長男の長男(*^_^*)

3年前の日記を見たら、携帯から走り書き?(*^_^*)



DVD仕上げて、シャワー浴びていったので、出産間に合わず
あと10分早かったら、と言われてしまった~
後産には間に合った
二番目の時は間に合うようにいくぞ~
2900と少し。
元気いい
 


2014年・元気よすぎて、私、ついていけな~い(^_^;)

母、祖母の米寿を祝う・20年前の母の文を、今、見る

パソコンの電源切り、帰ろうとして、文書を見つけ、思い出した。
「そうたい、これをこどもたちに見せないかん!と、きたったい」
でも、日刊紙の「世論激変」に目を奪われ、忘れてしまった。

と、いうことで、再度スイッチON!
FBでもいいとばって、なあもしよらんともおるきね、ブログに。
ブログなら、母、「よしだきよか」の名前を知っとう人も見てくれるやろうし。
で、私も父も感動した母の文章。叔母のもいっしょに。

20年前、祖母の88歳の祝を、ひびきで。
まさか、こういう文章があったなんて。父も知らず、先日の若松での開眼式で初めて。
私は、昨夜、父から手渡された。

      20140708073243143_0001母の文章20年前      20140708073243143_0002叔母の文章20年前

アンパンを食べる宇都宮けんじさんを見て思い出したことアレコレ

フェイスブックに書いたコメントをここに書いとこ 

あんパン

私が小学校低学年の時、父は採石場に勤めていた。
私たちは、お店の裏に住んでいた。
父は仕事から帰ってくると、店に行き、アンパンを食べた。
そして、食べた数だけ柱に線を引いていく。
たぶん、給料日にまとめて払っていたのだろう。
それをながめていたのが私。私も食べたい、と何度も思った。
たまには買ってもらったかもしれないが、記憶に残っているのは、「食べたい!」ということのみ。
当時の父の年齢は、息子と同じ。
(息子の)あの食べっぷりをみると、力仕事をしてきた父が、どれほど食べていたか、想像がつく。

忘れられないバターの匂いと食パン

小学校3年の秋に福間に越してきた。父が福岡市に勤め始めたからだ。
ある日、父は、食パンとバターを買ってきた。
生まれて初めての食パンとバター。バターからは、乳の匂いがした。
父は、私に、耳をくれた。
今では、耳のほうがおいしい、と思うが、これもやはり、記憶に残った。

(以下は、あらたに)

私の竹筒の貯金箱と、父の自転車

最近の父は、饒舌である。
まるで、残された時間で、自分史のすべてを話してしまおうとする老人のように。
ま、もうすぐ90歳だから、老人には違いないが 

家にいるとき、病院の行き帰り、「もう言ったかね~」と話し出す 
何度も聞いたことがあっても、こちらも老人、出だしでは思い出せず、聞いてしまう 

1週間前、病院からの帰り、いつものように話し出した、「ゆうたことがあったかね~」

上川端か下川端かどちらかは忘れたが、自転車を買った話。
 YちゃんとM君を入党させたろ。活動するには自転車が要るとよ。
 で、紹介された店で自転車を。途中まで来て、捨てろうごとあった、と。

福間で最初に住んだ浜の記憶は、アパートの台所の暗さと竹筒の貯金箱。
やっと貯まった2000円で、父が自転車を買ったのだ。
50数年経って、父の自転車と、私の竹筒が結びついた。
結びついた、というか、あんパンを食べる父を見ていた思いに似ていた気持ちが
ちょっぴり違う思いになった、というのが正解かな 




    

母、父とは普通に会話したのに。「退院は未定」の電話あり

昼少し前に父から携帯に 
思わず「おはようございます。ひとみです。」と元気よく 
「何言いいようとか」で時計見れば、もうすぐ正午 
父が帰ってくる前に、せめて部屋の片づけを、と必死やったと 

大腸の検査をすることなど聞き、要望に応え、母とかわる 
「ちゃんとして早く帰ってこなよ」など、ちゃんと話している 
しばらく話した後、「わからん」を連発。
代わろう、と携帯とりあげ「なんて言うたと?」と訊けば
「ひとみと喧嘩せんごと言ったったい」と。

それからすぐ昼食の準備。そして昼食。
この間の母のことばを思いつくままに 

隣のおいさんは?で始まった会話、父が隣のおいちゃんであるが 
入院していることを話し、私が泊りにきていることを説明 
父との関係、母との関係、話せば長いが忘れてしもうた 
で、いつものひとみメモ 

ま~知らんやった~娘が一人増えてうれし~
あなた、名前は? 
ほんと?松尾ひとみさん? 
うちの上のとも ひとみやろが
結局、松尾ひとみが2人おるやろ。おってもいいばって。

私は、あきらめ話し相手になっていたら、突然、強い口調で
ひとみはなんしよると! 
ひとみさんは、忙しいっちゃろ、と答えたけれど 

誰か、ひとみを連れてきて~

やっぱあ忘れとうね~ちょっとメモがあったら関連して思い出すかと 
母、夕食中。1時間から2時間。ポチポチする時間はあるとよ。
あとが怖いけどね。音が。行ってみよ。

2013年夏、平和行進で3世代。核廃絶へ4世代の熱い思い

2013年7月21日(日)は、平和行進が福津市を 
翌22日は、古賀市を出発し、福岡市に向かって行進 
いつもは、福津市内から、古賀市役所までのアナウンサーだが今年は翌日も。

うちばちゃんから、「臨時議会やき、頼んでい~い?」と。
開票立会人もあるけれど、ま、いいか、と。
引き受けたのは行進の何日も前。
行進の日が近くなって孫から電話「22日歩くよ~」   

22日は、デジカメ持って出発集会に。
孫の姿なく、ガッカリして古賀市役所出発。

アナ原稿は、「こんにちは」で始まるけれど、朝っぱらからはね~
で、「おはようございます」とか「古賀市のみなさん」で始めたと。
新宮町役場近くでも、まだ朝のあいさつでいいかなあ、とは思ったけれど
「こんにちは」で始まるのも撮りたかったので「こんにちは」と 

役場に着いたら、孫たちが。
「歩いたと?」「歩いたよ、後ろから」

新宮町役場で休憩    新宮町役場出発・元気な通し行進者の人・ヒロシマからナガサキまで


アナの時は、核廃絶の気持ちをこめてしゃべる
2万発から減ったのかなあ、なども思いながら。
25日のしんぶん赤旗に記事が。まだ、1万7270発も  

今ががんばりどき。核廃絶は世界の流れ。    まだ、こんなに。1万7270発。

続きを読む

人の心配ばかりして睡眠不足の母


新聞を膝の上に置き、居眠りする母

寝たばっかしの母が「申し訳ないね~自分だけ芋やら食べて。お昼はまだやろ」と起きてきた(^^;)
12時に芋を食べた母と、1時ごろ雑炊をいっしょに食べた
さすがに入らないのか、母「食べて」と雑炊を私に少しおすそ分け

おすそ分けした母、お腹いっぱい、と言いながら、ミカンまで食べた
そして午睡に

ほんの少しの眠りで、すべて忘れてしまったのか

母の食べ残しの芋まで食べてしまった私。
お腹いっぱい、目はとろ~り
私が代わって寝てやりたい


起きてきた母、いっしょに昼ご飯を食べたことなどすっかり忘れ、「あんた遠慮せんで食べなよ。あんたのうちやきね、あんたが生まれた家やきね」と
間をおき、「あんたが生まれたとは八幡やったね~」と
母は、今日、福間にいるのか、それとも北九州?

「これは誰か?」父、母に訊く女子の名前・内浦小卒業写真

父の目にはほとんど見えていなかった卒業写真 
きれいに修復してもらい、2LサイズがA4サイズに 
「写真ができたよ」と手渡したその場で、私にいろいろ話しだした 
一人ひとり解釈つきで、ね 
私、夕食の準備が、と思ったけれど 
ま、これも親孝行、と 

「これは、おまえも知っとうナオチャン」と言われた時は 
吉木のあの人やろか?いや、顔は知らんし、と 
波津に嫁さんにいった、で思い出しはした。
そういや、昔、母のアッシーで行ったっけ 

父、ホラ、とカタカナで名前が書いてある紙を見せた 
そして、「ボケ防止に思い出しようとぞ」と 
そこで、私は台所に。

しばらくすると父台所に。台所は居間といっしょ、母に会いに 

父・母2人で昔の友人探し。
父は、内浦(うつら)小卒業。その大半は高等科(吉木小)へ。
そこで、父・母初めて同じ学校に。クラスは男女別々だったみたいだけれど。
2人はその前から親戚関係で知り合い。
母に言わせると、父は母に対して、ブスッとしていた、と。
恥ずかしい年頃?修復済み・拡大された写真を持って父、母に尋ねる。
「これは誰か?きくよさんはどれか?」など。
男の子は全員わかったみたい。

母、「これは誰ね?」と父に 
わかっていて訊いているのがわかる。
かわいかろうが、と父。
ホントかわいい。すぐわかった 
父、しみじみながめ、「あだなはよ~つけたね~」と。
何ね、と訊くと、「まん丸やろが、しかパンたい」と。
「コンパスで円を書いたごとまん丸やろ。昔はパンてゆうたら丸やったきね」
と、付け加えた 
パンがいいか重箱がいいか 
私はこども時代「重箱」とよばれていた。今は想像もつかないけれど 

母、「日記を書いてみろうかね」とテーブルの下の日記帳を。
「空いているところに書こうかね」と母。
2010年の日記が10月3日から未記入。
母、書こうとテーブルの上にひろげた。
イヤ、待てよ。確か、買ってきたはず。
テーブルの下見ればもう1冊。
間にレシート2枚。歯医者と震災募金・1万円(日付は3月19日)
母の時もこのころから止まったのか 

父の卒業写真を2人で見る    日記をひろげる母

贈呈・「まだ生きている・今日はなん日、なん曜日?」父から母へ

ローソンで今朝受け取った
   "まだ生きている"   "今日はなん日、なん曜日?"
                     田中 美智子さんの本。

父、午前のお昼寝中 
私が渡すより父から、と座敷のテーブルの上に 
父、起きてきたので「本が来たよ」と。
父、卒業証書よろしく「ハイ」と母に、両手で。
カメラで撮ればよかった~ 

「声を出して読むと若返るばい」というと少しだけ声を。
「声がでらんごとなっとう」と、数行でやめた母 
そして、題の「今日はなん日」を、私とおんなじやが、と声を出して笑った 

本を読む母

母に買っていったのに、結局父娘で「ちっこい『巨峰』」

10時過ぎにふれあいに。
この時間帯なら、まだあるだろう、と。
ところがナスもキューリも全く無し 
仕方なく父の知り合いの弁当とおかずを。そして今林さんのアジと地元の巨峰を。

父、夕方「ひとみさんのおかげで大変珍しいものを食べさせてもらった」と。
何のことやらわからずにいると、この巨峰たい、と私が買ってきたものを口に。
こげな小さいのは初めてばい。ばって甘味は同量たい。小粒の方が甘いぞ、と。

見てビックリ 
私の小指よりちっこいのが いっぱい 
ぶどうの鮮度にうるさい両親なので、枝の色ばかり見て、粒やらは 

父、食べ残して風呂に。母、「食べリ」と言うので結局最後は私が 

わざわざ私に見せるためにとっておいたのか、ちっこい巨峰    ついでに公開。西瓜を食べる父。今度の生協できますよ~待っててね


このあといろいろ食べ、会議に。
9時に帰宅。まだ早いき、何か食べよう、と 
イヤ、待てよ、今日はいろいろ食べ過ぎた。まずは体重計、と。
乗ってギョッと。この何年間で最高   
70キロと少し 
いくら服は着たまま、といってもTシャツよ、夏のズボンよ、2キロも無いばい。

こりゃいかん、と忘れるために事務所まで来てパソコン相手にコーヒーよ。
父娘で真剣に考える時やね~
大きな声じゃ言えんばって、明日は鮫島先生の診察なのに、弁当を約2個
食べた父。またまた数値が悪なっとうやろね~ 

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プロフィール

松尾ひとみ

Author:松尾ひとみ
 旧福間町、福津市の議員を3期(11年9ヶ月)務めた日本共産党松尾ひとみです。引退しても言いたいことは、まだまだあります。
 前ブログ(ひとみちゃんにも ちょっと言わせて)に引き続き、よろしくお付き合いください。

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